瞑っていた目をゆっくりと開くと、そこにはあたたかいオレンジ色の光を放っているまるい電灯があった。単に電灯といっても、一般家庭に置いてあるようなものじゃなくて、シャンデリアと張れるぐらいに豪華な灯りだ。なんでこんなところにお金をかけているのだろう。もっとお金をかけるべきなのは他にもあるだろうに(たとえば服とか。あいつはブランド物も一つや二つ持っていても構わない、というか持つべきなのに)。それなのにあいつはこんな辺鄙な場所にお金をかけるだなんて、マフィアのボスがそれでいいのかと少し呆れてしまう。まぁ、本人がそれでいいなら別にいいんだけど。あたしがとやかく言う権利など無い。 意識を集中しないように集中する。そうでないと身体が沈んでしまうからだ。あたしが思いっきり息を吸い込むと自然の摂理、物理法則のため身体が浮上した。このまま息を止めてたらどうなるだろうか。ずっと浮かんでいられるだろうか。いや、その前に死ぬな。そんなくだらないことを考えながら、五秒ぐらいかけて息を吐いた。身体が水没する。あたしはまた目を瞑った。眠い。このまま眠ったらどうなるだろうか。身体全身がふやけて、ふにゃふにゃになってしまうだろうか。いや、その前に死ぬな。しかもドザエモンになって。くだらない。くだらないくだらない。今日は本当にくだらないことばかり考えている気がする。一体どうしたのだろう、あたしは。 目を瞑ったまま、右手を動かす。ちゃぷん、という音を立てて、波紋が広がりあたしの顔を打つのがわかった。あたしは何故か昔から水に浮かぶのが得意だった。泳ぐのは特別うまいというわけではないけれど、プールでも海でも川でも、どこでも水に浮かぶことだけはとりわけ他の誰よりもうまかった。それに何故か水に浸っているのがとても心地がよくて、いつか水中に住んでいたいと小さいころはずっと願っていた。コップが水で満たされて、溢れているときに立てる、あのコポコポという瑞々しく、そして澄んだ音色はあたしを本当に心の底から安らかな思いにさせて、あの音なら何分も何時間も何日も聞いてていい、と思っていた。何故か分からないけれど、本当に思っていた。あたしの中の何かがそう思わせていた。きっといつかの昔のあたしは水で死んだのだろう。四角い箱に入れられて、水をいっぱいに注がれて。水の中で漂いながら死んだのだ。水は優しくあたしを誘って、そうして死んだのだと、証拠も何も無いがただそう思う。あたしは水の中で生きるべき人間だったのかもしれない。あたしは水の中で死ぬべき人間なのかもしれない。 くだらないな、と呟いた。 もしかしたら、あたしは人魚だったのかもしれない。なりそこないの人魚。人魚になれきれなくて、神様なんかがしょうがないからって足を生やして、声もちゃんと出せる人間にさせたのかもしれない。 嗚呼、本当にくだらない。 「」 空間に声が響いた。ここは他のどんな場所より声が響くのだ。たとえばアリがどんなにか細い言葉を発してもはっきりと聞き取れるぐらいに響く。だから声だけでは彼がどこにいるかは分からなかった。右目を開けて視線を泳がせると、彼は浴槽の縁のところに立っていた。綱吉は不思議なものを見る目で、いや何とも思ってない目であたしを見ていた。あたしは開けていた右目を瞑った。 「なぁに、綱吉?」 「なにしてるの?」 「浮かんでるの」 「なんで?」 「人魚だから」 あたしはさっき考えたくだらない思考の一部を綱吉に告げた。彼は驚いただろうか。呆れただろうか。馬鹿だと思っただろうか。目を瞑っているから分からない。 「は人魚なの?」 「人間よ。人魚になりきれなかった人間なの」 「そう」 波紋が顔にぶつかる。身体が縦に揺れる。あたしは波を立ててないから、きっと綱吉が浴槽に足を突っ込んだのだと思った。ちゃぷちゃぷと水が音を立てた。とても心地がいい。 「じゃあ、は」 波紋が消えて、水音も止まった。もう少し聞いていたかったな、とぼんやりながらに思った。今度はちゃんと両目を開くと、綱吉が目の前に立ってあたしを見下ろしていた。もしこの状況を第三者が見たら、悲劇が起こったのだと勘違いをするだろう。でも実際は綱吉はあたしを殺してないし、あたしも死んでいない。悲劇の起こりようがない。くだらない、戯言だ。 「泡になって、消えたりしないよね」 遠くで誰かの笑い声が聞こえた気がした。笑え、笑え。くだらない戯言なのだ。故郷を捨て、仲間を捨て、生き延びた哀れな生き物のあたしにはそれしか残ってはいないのだ。 「ええ、もちろん」 |
070319 riyu kousaka |