こんな夢を見た。


気づけば目の前には果てしなくどこまでも続いている海があって、あたしはその中にいた。足の膝ぐらいまでちゃぷちゃぷと浸かっていて、着ていたワンピースの丈が少し濡れている。何にも履いてなくて裸足のまま海の中に足を突っ込んでいるわりには、砂はあまりざらざらとしてはいなく、ざらざらというよりすべすべと滑らかな感触がした。きっとここの浜辺を歩いたら、きゅっきゅっと鳴くんだろうなと考えて、当たりを見回したが、四方八方どこにも浜辺など見えなくて、代わりにどこまでも水平線が見えた。あたしはどこにも行く当てなどないから、とりあえず適当な方向に適当なスピードで歩くことにした。




どれくらい歩いただろう。誰かから名前を呼ばれた気がした。聞き間違えかと思ったけど、あまりにもはっきりと耳元に響いたので、後ろを振り返って探してみる。でも、やはり誰もいない。





「誰?」
、」




もう一度名前を呼ばれた。今度こそ本当に呼ばれた。あたしの名前を呼んだその声はとても聞き覚えがある懐かしい声だった。




「スクアーロ?」
「そうだぁ」
「どこにいるの?」
「お前の足元」



言われるままに自分の足元を見てみると、一匹の白い、というより銀色に近い白の鮫がいた。今しがた突然現れたかのように存在を消していたその鮫は、あたしの周りを一、二回くるりと回ると、あたしの正面に向かい合った。



「本当にスクアーロなの?」
「あ゛ぁ」
「スクアーロって鮫だったんだね」
「さぁな。気づいたらこんなんになってやがった」



鮫の姿のスクアーロがあたしの足ことに寄ってきてあたしのふくらはぎに自分の肌を擦り付けた。昔のスクアーロの姿だったら、とても嬉しくて抱きしめたくなるんだけど、今は鮫のスクアーロにそれをされても鮫肌が足を擦って痛いだけだ。



「痛いよ、スクアーロ」


あたしがそういうとスクアーロはむず痒そうに尾を二三回はためいて、ぐるぐると回りだした。


「ねぇ、スクアーロ。人間になってよ。じゃないとあたし触れない」
「それは無理だ」




いまだぐるぐると自分の尾を追いかけるように回り続けるスクアーロを見ていると、子犬のワルツを思い出した。




「なんで」
「決まってるからだ」
「そんなの誰が決めたの」
「誰も決めてねぇ。そうなるって決まってんだ」
「じゃあ、あたしも鮫になる」
「それも無理だ」
「なんで」
「そう決まってるからだ」
「じゃあ、あたしはもうスクアーロに触れないの?」




スクアーロはぐるぐる回るのをやめて、最初みたいにあたしと向かい合った。あたしはじっとスクアーロを見下ろしてる。




「お前は鮫にはなれねぇが、海にならなれる」
「うみ?」
「ああ。だけどそうなったらもう元には戻れねぇ。それでもいいのかぁ?」





スクアーロは尾を左右にふらふらさせて、訊いた。あたしは一度目を閉じて、開けた。迷ってなんかなかった。








「うん。スクアーロと一緒にいられるなら」





スクアーロが、この馬鹿女が、呟いたのが聴こえた。







そしてあたしは青い海の一部になる