文次郎が死んだ。 それを伝えに来たのは仙蔵で、彼は取り留めない世間話をしているときに、「そういえば、先の合戦で文次郎が死んだそうだ」と、何事もなかったかのように平然にそう言ってのけた。 そうさらりと呆気なく言われたものだから、私もそうなのかと普通に返してしまった。不思議と動揺などはしなかった。 今思えば、そのときはまだ実感できなかったんだと思う。文次郎が死んだという事実を。あんな殺しても死ななそうな奴が、あっさり消えてしまうとは思えなかった。でも日に日に、ふとした日常を過ごしているときに、朝起きたときとかご飯を食べているときとか洗濯物を干してるときとかお風呂に入っているときとか寝る前とか息をしているときとか息を吐くときとか、そういうときに「あぁ、文次郎は死んだのだ」と理解した。 そして、文次郎が死んでから一ヶ月。文次郎が私に会いに来た。 淡く舞い散る桜の下で、私と文次郎は対峙していた。なぜここにいるのか、どうやってここに来たのかさえ、疑問に持たず、そこにいた。認識できるのは文次郎とひらひら舞う桜の花びらだけだった。お互い何も言わず、ただ見つめ合っていた。何か言おうとしても、何も言葉が出てこないのだ。話しかける言葉がない。私から文次郎に話しかける権利は存在しないように、何も言えなかった。 どれくらいの時間が経ったころだろうか。短かったかもしれないし、長かったかもしれない。無音の静寂は人の神経を狂わせるから。文次郎が口を開いた。 「死んでやろうか、一緒に」 そう言った文次郎の透き通る闇のような瞳を見つめ、言われた言葉を頭の中で一生懸命処理する。文次郎はまっすぐに静かに私を見ていた。 そしてようやく私は、これが悪い夢だと、わかった。文次郎は決して、そんなことは言わない。それなら彼は生きろと言う。共に生きよう、と。そして、簡単に諦めるな。死ぬな、と。そう言って私を怒るだろう。それが私が知る潮江文次郎という人間だった。 だから、これは夢なのだ。実際の現実、文次郎は先の戦で死んでしまっている。仙蔵がちゃんと私に伝えに来た。夢だとちゃんと解っている。夢だとわかってるから、今夜だけは甘えることを許してほしい。誰に許しを請うのかは、わからないけれど。 そして私が頷いて背中に腕を回すと、文次郎はバカタレと言って私の髪を優しく梳いた。 |
夢から覚めたら、きっと私は泣いてしまうだろう。淡い紅色の桜の花が舞い散る中で、秘かに想い、泣くよ。文次郎の為に泣くのはこれで最初で最後だ。 君に別れを告げて、これからを私は生きていく。 090227 riyu kousaka |