「もーんじろっ」



連日の徹夜のせいで幻覚症状が出始めた後輩を少し哀れに思い寝床へ帰した後、あと数十枚しか残ってないから自分でさっさと済ましてしまおうと(この調子だったら2時には寝れるかもしれない)そろばんを弾き出した矢先にいつも俺の仕事を邪魔する馬鹿が邪魔しに来た。振り向くのも返事をするのも面倒だったので(どうせ満面の笑みを浮かべてるに違いない)無言を決め込むと、は勝手に部屋に入ってきて、俺の背中に寄りかかるように座ってきた(背中越しにの体温が伝わってきた)。



部屋にはそろばんを弾く音しかしない。





「文次郎」
「あ、なんだ」
「好き」


不覚にも、一瞬ドキリとした。


「…知ってる」
「好き」
「……」
「大好き」
「おい、」
「あたし、は六年い組会計委員長潮江文次郎を愛して、」
「おい



普段こいつはこんなにも愛の言葉なんて吐きやしない。こんなにも過剰にするとしたら相当に弱ってるときぐらいだ(過去に何度かあった)。案の定、後ろを振り返るとが倒れこむようにしがみ付いてきた(しかも震えて、いる)。



背に手を回してゆっくり撫でてやると小さく嗚咽が漏れ始めた。自分の服を必死に握り締めて、顔を押し付けてくるその姿はとても小さくて、普段からは想像もつかないほど幼かった。










「怖い」


大分落ち着いてきたがポツリと呟いた鼻声混じりにそう言った。



「なにがだ?」
「わかんない。ただ文次郎が好きだしか思えなくて、怖いの」



少し考えると失礼な話にも聞こえるが、強く俺の服を握っていたの手に力が増し、さらにがそんな意味で言ったんじゃないと十分に知っていたから、優しく頭を撫でてやると手の力が緩んで、はそっと目を閉じた。




から寝息が聴こえてくるほどになると、時計はすでに二時を回っていた。この体勢で仕事をできるわけないし、を寝かしにいくと自分も眠たくなるのは簡単に想像出来たので、仕方なしに自分も寝ることに決めた。腕の中で眠っているを抱えて、自分の部屋へと向かう。






夜も明ければまたいつものようにが明るく笑っていれば良いと、願いながら。








ねないこだれだ


俺には大丈夫だと言う資格など、ない。(たとえもしそれが、お前を苦しめているとしても)


070329 riyu kousaka