「こんなところで何をしているの?」




突然かけられた言葉に無防備に顔を起こしてしまった。迂闊だった。まさか見つかってしまうなんて。絶好の忍者日和の新月の夜に自主トレをしている生徒はいるかもしれないけれど、ただでさえ新月で、星だって雲に隠されていて全く目が利かなくて、さらにこんな草陰のなかなど誰も気づかないと思っていた、のに。顔を上げたさきにいるはずの者の顔は暗闇のなかで見えず、誰だか分からなかったけど、その声の持ち主は十分知っていた(最も見つかりたくない相手に見つかってしまった)。



「七松……」
「もしかして泣いてるの?」



久しぶりに聞いた声は、遠い昔に聞いた少年独特の甲高い声とは違い、大人に限りなく近い青年の響くような低い声だった。野生の勘というのか、この男はあたしを見つけたときといい、今のことといい、なんでことごとく当ててしまうのだろう。いつもは羨ましいその勘も、今はとても憎憎しく思える。あたしはいきなり言い当てられたことに驚き、事実を言われたことに対して恥ずかしさと八つ当たりに等しい怒りを感じて、頬は一気に熱くなり、無意識に駆け出した。




「待って!」


反射的に駆け出したあたしの腕を七松が瞬時に掴んだ。さすが体力馬鹿の体育委員長と言うべきか、咄嗟に掴んだであろう腕を握る力は強く、あたしには振り払うことが出来なかった。心臓がばくばくしている。あたしはさっきからこいつの一挙一動に振り回される。



「離して」
「嫌だ」
「離して」
「だってこの手を離してしまったら、はまた一人で泣くんでしょ?」
「っ、七松には、関係ない」
「ある」
「なにが」
「私は、がひとりで泣くのは嫌だ」
「なに言って、」
がひとりで涙を流すなんて、私は嫌だ」




闇夜に慣れてきた目が七松の目を捉えた。真っ直ぐ貫かれるかと思うくらい、鋭い目をしていた。あの幼いころの陽だまりの中で笑っていた彼の目じゃなかった。目が、離せない。




「今は誰も見ていないよ。月だって星だって、私だって」



掴まれていた腕を引っ張られ、抱きしめられた。さっきの腕を掴んだときとは違い、ふわりと優しく包み込まれた。昔はあたしの方が大きかったのに、今ではあたしのほうが小さくなっている。それぐらい時間は流れたのだ。最後に彼と話したのはいつのことだっただろう。もう、忘れてしまった。



「だから一人で泣かないで」
「七松、」
「名前で呼んで。昔みたいに」
「こへいた」
「うん」
「小平太」
「うん」







あの頃の二人に戻れたら、どんなに幸せなのだろう。そんなあり得ないと分かっている願いを潰して、あたしは彼の肩に顔を埋めた。




どうか今だけは、この瞬間だけでいいから見逃して。



ある日のひまわり




(好きだという言葉は涙と一緒に飲み込んだまま)
070505 riyu kousaka