酷い、雨降りの日だった。外はザーザーと雨が降っていて、外出する気が失せかえるような天気だった。普通の神経持った人間なら、外出するのを避けるだろう。家の中にいても湿度が高く、むしむしとしていて動くさえも億劫で、起き上がったのは良かったがそのままベッドの上で横になった。だるい。あいつが見たら、まさに猫だと笑うだろうか。頭の中で過ぎった顔を思い浮かべ、皮肉に笑った。 どれだけそう過ごしただろう。もしかしたら寝ていたのかもしれない。チャイムが鳴った。再び外を見てみると、先ほどと、前に見たときより激しく雨が降っていた。こんなときに誰が来るのだろう。もう一度チャイムが鳴った。家の中は雨の音と少し寂れたチャイム音だけが響いた。いつもなら見過ごして居留守を使っていただろう。しかし今回は、今日は、何故か出なければいけない気がして腰を上げて、玄関に向かう。もしかしたら、もしかしたらあいつかもしれない。不思議とそう思う。郵便かもしれない。栗田かもしれない。下手をすると自分が生きてきた中で地獄の果てまで追い込んだ被害者(自分がやっといてこんな言い方をするのはおかしいと思うが、こんな風にしか表現ができないのだ)が復讐に来たかもしれない、のに。何故かあいつだと思うのだ。勘ではなくて、確信だった。あいつが、待っている。別に会う約束などしていない。家に呼んだ覚えもない。でも、こんな天気だからか、あいつがいるような気がするのだ。朦朧とした意識の中、玄関までの道のりが遠く思えた。安易な鍵を開け、ドアを開ける。スローモーションかと思うくらいに、ゆっくりだった。 「よう、いち」 「」 全身ずぶ濡れなが、立ってた。ドアが開いたのに気づいて、下を向いてたの虚ろな目が俺を見る。 「あのね、用とかはなかったんだけど、来ちゃった」 「………」 「迷惑だったら帰るよ。本当に何も用事ないし、さ」 「べつに、迷惑じゃねぇよ」 「ほんと?」 「あぁ。さっさと入りやがれ、風邪引くぞ」 「ありがとう」 ぐいっと掴んだ肩がぞっとするほど、冷たかった。死んでいるのかと、死んでしまうんじゃないか思うほど冷たくて、俺は何故か急に怖くなった。本当に突然、そう思って、怖くなった。タオルで拭くだけでは風邪を引きそうだったので(はよく風邪を引いていたのだ)、シャワーを浴びるように言ったが、実際がシャワーを浴びている間も気が気ではなかった。もしかしたら今風呂場を覗いても誰もいなくて、が消えているかもしれない、と思った。雪のように解けてなくてしまいそうだと。そんなことはあるはずもないはずなのに、そう思って仕方なかった。ただただ、こわかった。気を紛らわそうと、ベッドに腰をかけ、昔買った雑誌を広げた。部屋には雨音だけが響いていた。 「ごめんね、勝手に来たのにシャワーまで借りちゃって」 「別に、いい」 「……突然、ね、怖くなったの」 が、言った。風呂場のドアの前で呆然と立ち尽くしていた。肩にはタオルを引っ掛けて、濡れた髪のまんま、さっきみたいに俯いていた。 「分かんないけど、朝起きたら急に何かが怖くなったの。あたしだけがただっぴろいこの世界に取り残されているような、理解もできないところに放り投げられたような、誰も知らない、みんなあたしを置いていくような、そんな感覚になったの」 の小さな肩が震えている。小刻みに揺れる肩から、水滴がぽたぽたと落ちた。 「頭を鈍器でぶん殴られてるような衝撃がきて、どうしようもなく怖くなった。妖一が、あたしを忘れているようで、怖かった。あたしの存在を忘れてたらどうしようって、ずっと考えてた」 「そしたらいてもたってもいられなくなって、気づいたら家を飛び出してて、妖一の家の前にいたの」 「妖一、あたしは世界が怖いよ」 そう言って泣いたを俺は力いっぱい抱きしめた。さきほどよりかは温かくなっているが、まだ十分に冷たかった。こんな、寒いところにいたのか、お前は。こんなに小せぇくせに、こんなに弱ぇくせに。が俺にしがみ付いたから、ただ抱きしめて、たくさん伝えたいことはあったのに、ただ抱きしめてやることしか出来なかった。 なぁ、お前はちゃんとここにいるよ。ちゃんと俺のそばにいる。今も、これからも。 |
070624 riyu kousaka |