視界が赤い。周りは赤い水溜りばかりだ。僕は弱い草食動物たちの血が付いてしまったトンファーを一振りして、汚れを落とした。まだ少し汚れているけど仕方ない。家に帰って手入れしなくちゃ。下から呻き声が聞こえたのでそれを一蹴りしたら何も聞こえなくなった。弱いくせにボンゴレにたてつくなんて馬鹿じゃないんだろうか。任務は、完了した。僕はこの場所に不釣合いな白い小柄の携帯を取り出し短縮番号を押した。 『もしもし、ヒバリさん?』 「任務はちゃんと成功したから」 『そうですか。あの、怪我とかしてないですよね?』 「綱吉、君は僕のことを馬鹿にしてるのかい?」 『ち、違いますよ!?でもまぁ、ヒバリさんが怪我をするわけないですよね』 「それじゃあ僕はそっちには帰らず家に帰って寝るから。じゃあね」 『えっ、ちょ、待ってくださいヒバリさ』 プツ。 最後に綱吉が何か言いかけていたような気がするけど、急ぎのようだったらまたあっちから掛けてくるだろう。とそのままほっといて家へと足を急がせた。まったく僕が彼の下で働くなんて思ってもみなかった。あんなに時計を見たらもう午前2時を回っていて、あたりは夜の静けさにふけっていた。 ドアノブを回してみると見事に開いていた。出かける前にきちんと閉めたはずなのに。誰がやったのか検討がついたが、僕は少し不機嫌になりドアを開けた。部屋の電気はついていなかったが、そこにはやはり女物の靴が一つ脱ぎ捨てられてた。僕は静かに靴を脱ぎ、リビングへと向かう。 「」 部屋の隅っこに置いてある、白いシンプルな机に見ようによっては少女とも思われるような幼い風貌をしたが電気スタンドだけをつけ、なにやら読んでいた。彼女はもともと色白だが、電気スタンドだけしかついていないせいかライトに照らされた彼女の顔はとても蒼白に見えて、初めてを見るものだったら幽霊と間違うのではないかと懸念するぐらいだった。また彼女が着ているのは真っ白いワンピース(彼女のお気に入りの服だ)でよりいっそうそう思わせる。は僕に気付き、僕のほうに振り向いた。 「あ、恭弥。おかえり。あがらせてもらってるから」 「、前からいってけど、家に来るならちゃんと連絡ぐらいしてよね」 「あれ?今日はちゃんとツナ君に伝えてたんだけど、聞いてないの?」 そういえば考えてみると、さっき綱吉が何か言おうとしていたな。きっとあれはこのことを言おうとしていたのだろう。 「うん、聞いてないよ」 「嘘。どうせ恭弥のことだから、ツナ君の話を聞かずに電話を切ってしまったんでしょう?」 「ワオ。君には僕の心が読めるのかい?」 「恭弥は人の話しをろくに聞いたことがないもの。長年恭弥の幼馴染やってないわよ」 「まぁそうだね。たしか5歳の頃からだから、もう17年経つんだね」 「そうね・・・・・・恭弥は昔からふてぶてしかったわ」 今とまったく変わらないと、は笑った。 は何も変わらないといったけれど確実に変わったものもあるんだよ、といいたかったけど、それを相手に言うのは癪な気がするのでやめた。 「で、結局何を読んでるの?」 「絵本」 間を置かずにすぐさま答える。普通、二十歳過ぎた大人が絵本を読んでいるなどいうとその人の精神年齢を疑われそうなものだが、彼女の場合、生憎精神年齢は十代で停止をしているようだ(この間そう言っていた)。僕は少し考えて、口を開いた。 「・・・・・・・・・エドワード・ゴーリー?」 「うん。よくわかったね」 はいたずらがばれてしまった子どものように嬉しそうにそういった。そして静かに本を閉じ、机の上に置いた。 「まだ幼い無垢な子どもが何も知らずにこれを読んだら一生に癒えない傷が出来そうな本」 「『死んだ子どものABC』・・・・・いや、『ギャシュリークラムのちびっ子たち』、か」 「といっても、あたしこれ小学生のときに読んだんだけどなぁ」 「僕はてっきり『不幸な子ども』を読んでいるのかと思っていたよ」 「『不幸な子ども』も好きよ。あの不幸すぎる女の子の話。あれは小公女を見る前に読んじゃったから、おかげで小公女を見たときに物足りなさを感じてしまったわ」 あたしには人間に必要な、大切なネジをどこかで落としてしまったみたい、と微笑むの顔はどこか寂しさがあった。 「たぶんそれは悲しいことなんだと思うし実際あたしも悲しいと思うんだけど、でもそれを哀しいと思わないあたしもいるの。悲しさなんて感じないほうが幸せじゃないのかって。そう思うこと事態が悲しいことなのに。それに普通『不幸な子ども』や『ギャシュリークラムのちびっ子たち』なんか読むと精神不安定に陥るものじゃない?精神バランスと整えるために『100万回生きた猫』なんかを読むとか。あたしなんて初めて読んだときにあぁ運がなかったんだな、としか思わなかったもの。ただ子どもたちがバタバタと死んでしまうお話。死んでいく物語。さして気分も悪くならなかったし、いつも通りに生活してた。そこに悲しさの一欠けらも存在しなかった。あるのはただの空虚だけ。そこに全てを吸い込まれるように何にも感じなかった」 そういっては瞳を閉じた。瞼にはうっすら水っぽい。は昔からこういう人間だった。何かが決定的に欠けている。日常生活においてはさして問題にならない問題。そう、は「悲しい」という感情に欠けるのだ。ほかの感情はそれを補いように活発に働くというのに。しかし彼女は「悲しい」という感情がないことに悲しさを感じているから欠けているというより他の人間に比べて生きるということに無頓着なだけなのかもしれない。笑い怒り喜ぶといった感情が激しいのに、「生きる」ことに執着がない。昔、彼女が死ぬような大怪我を負ったとき、彼女は慌てず喚かず何もなかったかのように「あたし、死ぬのかしら」といっていたことがある。その目は生きることに渇望した目ではなく、かといって死ぬことに希望を持っているわけでもなく、その場の事実をいっているようだった。そのときは僕が救護を呼んだおかげで助かったけど、もし彼女一人だったらきっと助けも呼ばずにその場で死んでいただろうと思う。彼女は「生きる」ことが怖い人間だった。かといって自ら死ぬこともできない人間。だから事故的に死に晒された場合、彼女は死を選ぶだろう。彼女はときどき、すごく寂しいそうな顔をした。本当に寂しいのかどうかは僕には分からないが。しかしその顔は哀愁に満ちていてどこか遠くを見つめ、そしてため息をつく。まるで遠くの土地に遠征にいった恋人の安否を心配しているような顔。もちろんこれは比喩だ。彼女の恋人は遠くへ遠征などいってないし、なにより彼女、の恋人は僕なのだから。だからなぜが寂しそうにしているのか分からなかった。にはしか分からない感情というか感性というものがあり、目では見えないものが目や口から零れでているのかもしれない。それはきっと誰にも(そう僕にだって)見えなくて聞こえないもので、でも本当に大切で尊いものが零れ出てしまっているのだろう。誰にも気付かれずに。僕はそんなのことを「かなしい」とも「かわいそう」とも思わず、純粋にのことを愛していた。が死に恋焦がれようが僕はを愛していたし、もまた僕のことを好いてくれている。それだけで十分だ。僕はそっと彼女に近づき、そのさらさらとした髪を掬った。はクリッとした潤んだ瞳で僕を見上げた。 |
20060919/riyu cousaka |