「知ってたよ」 三階の窓から外に目をやると校庭には白い梅の花が咲き誇っていて、それをバックにみんな写真を撮っていた。後輩や友達、そして恋人と。みんな笑ったり泣いたり様々な表情をしているけど、あたしはどの表情もしていないんだろう、と思った。 「なんで、」 「中学から付き合っといて、あたしが気付かなかったとでも思ったの?殺されかけたり、隼人なんて何度も死に掛けてたのに」 「・・・」 「いずれは行ってしまうと分かってたけど、今なんだね」 そういって隼人に背を向け、黒板を見た。黒板には後輩たちがしてくれた不格好な飾り付けがされていた。紙で作った花、折り紙で作った鎖。そして色とりどりなチョークで書かれた『卒業おめでとうございます』の文字。・・・あぁ。今までの先輩たちもこんな気持ちで出て行ったのだろうか。雲雀さんなんてここでも風紀委員長をしていたけど(入学してからすぐ、上級生を押さえてなったらしい)(あと草壁さんも)、結局は学校大好きだったから卒業するの寂しかったんじゃないかな。泣いてはなかったけど、悲しかったのかもしれない。寂しかったのかもしれない。でも誰だって3年通えばはやく卒業したいしたいと言っても、愛着ぐらい湧くんだと思う。毎日嫌というほど見た教室や黒板も机もロッカーも廊下も全部全部全部、今日でお別れなのだ。 本当は何も知らなかった。何一つ知らなかった。隼人がマフィアだということも下っ端じゃなくて凄腕の殺し屋だということも今までにたくさんの人の命を奪ってきたということもそして卒業と同時にイタリアへ帰ってしまうことも。あたしは知らなかった。この間、リボーン君とディーノさんに教えてもらうまで全然知らなかった。あたしは隼人のことを何一つわかってなかった。あたしだけ、蚊帳の外だった。 連れてって なんて言えなかった。言えるわけなかった。あたしはあまりにも無力すぎた。一緒に連れて行っても足手まといになるだけだ。リボーン君の目がそう言ってた。それを分かってまでわがままをいう子どもではもう無かった。 あたしは振り向いて隼人を見据えた。黒板の前に立っているあたしと後ろの棚の前に立っている隼人。あたしたちはここで短いようで長い時間を共有し、そして今日が最後の日なのだ。こことも、隼人とも。お別れ、なのだ。あたしが少し笑うと、隼人は何故か眉間に皺を寄せた。 「学校だけじゃなくて、隼人ともお別れだね」 「別れなんかじゃない。ちゃんといつか迎えに来る」 「遠く離れてしまえば愛は終わってしまうんだよ」 「絶対に終わらせなんかしない。ちゃんとお前を迎えに来る」 「いつかっていつよ」 「まだ わからない」 「なにそれ。もし隼人やあたしが死んでしまったらどうするの?地球が滅んだりしてしまったら?」 「オレは死なないしは死なせない。地球も滅びなんかさせない」 「あたしの前から消えていなくなるくせに」 「あぁ。だけどお前のこと祈ってるから、願うから。待っててくれないか」 「何年待つかわからないのに?」 「何年たっても必ず迎えに行く」 「あたし、待ちすぎて浮気しちゃうかもよ」 「そしたら何回でも惚れ直して、俺のほうに振り向かせる」 だから泣くなと隼人が言って、あたしは初めて自分が泣いていることに気付いた。ぽた、と涙が床に落ちた。さっきまで隼人の方が泣きそうだったのに、なんであたしが泣くんだろう。隼人はあたしの涙を指で拭うとその涙で濡れた指をぺろっと舐めて、しょっぱいなと笑った。 はやとはやとはやと!行かないで置いてかないで連れてってよあたしを!言えないよ言えるわけない。だからあたしはお前を待つ。ねぇ、隼人。あたしはいくらでもお前を待つよ。どこにいようと何をしてようとお前のことを祈っているよ。不確定の未来なんて信じようがないけど、あたしは願うよ。隼人。あたしにしかお前しか、獄寺隼人しかいないんだよ。お前を取ったら何にも、少しだけの心の残りかすがあるだけで、全部無くなるんだ。 |