「意外だよ、君が先に死んでしまうなんて。一番最後まで死にそうにないと思ってたのに」


あたしがそう呟いたさきにいるものは何も言わずにただ静寂だけが流れた。当たり前だ、目の前の人間は死んでしまっているのだ。返事を求めたって何にも言わないのは決まっている。いやもしかしたら言えないのかもしれない。実はあたしの目の前に幽霊とかなんかそんな一般には見えない何かになってしまった君がいて「うっせーな、お前なんて一番早死にしそうなやつだったろうが」と言いたいんだけれど肉体が死んでしまって伝える手段がなくて言えないだけなのかもしれない。


あぁ、あたしは幽霊とかお化けとかそういう類なものを信じない主義者だったのにたった一人の、この何十億という人間が生きているなかでたった一人の人が死んでしまっただけでこうもあっさり主義を180°も変えてしまうのか、そうまでして死を認めたくないのかと失笑してしまった。君が死んでしまってから君を必要だと好きと気づいてもどうしようもないというのに、あたしはどこまで愚かなんだろう(本当はずっと前から気づいていたくせに知らなかったふりをしてるだけなくせに逃げるなんてなんて卑怯な、)


その晩あたしは夢をみた。君が今まで見たこともないやわらかく笑ってあたしの頬を撫でた。あたしはたまらなくなって泣いてしまった。君は少し困って頭を撫でた。あたしはもっと苦しくなって抱きついた。初めて抱きしめたその身体は細いと思ってたわりにはしっかりしてて厚い胸板に耳を押し付けた。生きている鼓動が、しなかった。君は優しくあたしの頭を撫でて、、とあたしの名前を一声いうと自分の腰に回されていたあたしの手を取り、何かを手渡した。触れた手は暖かいというより熱くて本当に死んでしまったのかと疑ってしまうほどだった。涙を指で拭い、おでこに軽くキスすると君はあたしに背をむけ、歩き出した。あたしは君を呼び止めようと必死に君の名前を叫ぼうとしたけどあたしの口からはなにも音が出なくて、追いかけようと全力で走っても君はどんどん先へ行ってしまって最後には見えなくなってしまった。あたしはその場に立ち尽くして、絶叫した。そしたらぐらぐらと地面が蠢きだして地割れが起きて暗い闇の奈落の底へ落ちる・・・・・・まえに目が覚めた。


久しぶりに夢を見たな。しかも変にリアルな夢。汗がまだ止まらない。背中もぐちょぐちょに濡れてるし。気持ち悪いったらありゃしない。目元を触ってみると微妙に濡れてる。泣いていたのか。はぁ、とため息をついて、また目を瞑った。もう彼はいないのだ。どんなに思おうが。それは事実で変わりようのないものなのだ。


あたしは固く閉じられた左手を見た。頭では開くように命じてるのに左手はびくともせずに固く握り締めたままだった。脳から送られた信号が指先の神経まで届いてないのだろうか。それかはたまたあたしの奥底では左手を開きたくないと願っているのだろうか。どちらにしたって変わりはないものだ、とあたしは右手でゆっくりと左指を解していく。人差し指、中指と徐々に解していくうちにあたしが握り締めていたのはひとつの指輪だった。ここでもしあたしがメルヘンチックな女の子だったら「あぁきっと夢で現れた君があたしに持たせてくれた物ね。君は目には見えないのだけれどやっぱりどこかに存在しているのね」と涙することが出来るだろう。でもあたしはそうはしなかった。あたしはもともとメルヘンチックではなかったし、それにあたしはこの指輪は彼が持ってきてないと知っていたから。昨晩あたしはこれを握り締めていたまま寝たのだ。持っていて当たり前だろう。さっき開かなかったのもきっとそういう現実を直視しないためにあたしの精神が作動した決死の防衛策だったに違いない。精神は時として体をも乗っ取る。そこまでして心を守ろうとしたのか。もう壊れているものを守ったって意味ないのに。


あたしは握ってた指輪を小指にはめて起き上がった。シャワーを浴びよう。汗もかいてしまったし、この憂鬱感や延滞感、空虚感も少しは流れるだろう。たとえ見かけ騙しの浅はかな思い込みでもそっちのほうが今より数倍ましだ。あたしに止まってる時間なんてないんだから。休みは今日までだ。明日からまたリボーンに扱き使われる毎日が始まる。あたしの日常が、はじまる。止まっているわけにはいかないんだ。君のために止まれるほどあたしは純粋ではないんだ。


シャワー室のドアを開けようとしてあたしは後ろを振り返った。誰も居ないベッド。誰も居ない部屋。





「さようなら、ごくでら」




排水溝に流れた愛
ありがとう、そしてさようなら。もう伝わることはないだろうけど、あなたのことが大好きでした。裸足で駆け出すほど大好きでした。あなたへの全ての愛を込めて。060929 riyu kousaka