気づいたときには、強く手に握っていたのは血に塗れすぎた真っ赤なナイフで、その矛先を見てみるともう原型も留めていないずたぼろになった自分自身があった。なんでこんなことになっていたのかよく覚えていない。なんども刺していたせいか、着ていた白い服はナイフと同じような真っ赤になっていて、足元には赤い水溜りが広まっていた。その中に王子の証であるティアラが転がって、きらきらと輝いている。赤。赤赤赤赤あかあかあかあかあかあかあか!白いはずの広間が凶暴的な赤に染められていて、しかもそれが自分の身体に流れている赤と同じ赤だと思うと、オレは笑いが込みあがってきて、堪らず大声で笑ってしまった。惨たらしいすぎるほどの白と赤がおかしかったのか、そこにあるオレに笑ったのかよく分からなかったがとりあえず笑った。白と赤と自分。なにがおかしいのだろう。手に握っていたナイフをぽい、と放り投げて自分の真っ赤な手のひらをじっと見た。ふと、さっきの感触が手のひらに蘇ってきて、なんとも言い難い恍惚感を感じた。こんな快感今まで感じたことがない。湧き上がってくる、身の毛もよだつほど快感。身体の奥からその快感に酔っていると、ガチャッとドアの開く音がした。視線を移すとそこには幼馴染で隣国の姫のが立っていた。


「ベ、ル…?」
「あー、じゃん?」
「なに、やってる、の?」
「ゴキブリと間違ったのさ」


そう言ったらは丸い目をもっともっと丸くして、目を見開いた。すぐ泣き出すかと思ってたけど、はなかなか泣き出さずに、ぼんやりだけどしっかりと光景を目に焼き付けているようだった。もう人間の形すら留めていない、物体。オレの半身。この国の王子。何も言わなかったら、も何にも言わなくて、ただ広間には静寂が流れた。あかいせいじゃく。


「なんで」


唐突にがしゃべった。最初はがしゃべったとは気づかずに、誰かがこの赤い広間に入ってきたのかと思って入り口を見たけれど誰もいなくて、第一、叫び声一つ聞えなかったから空耳かと前を見た瞬間、がオレを鋭く睨み付けていたのに気が付いて、ようやくがしゃべったのだとわかった。


「なんで、殺したの?」



の憎しみの悲しみのこもった瞳を、言葉を、見て、言われて、さっき自分が答えられなかった答えが、やっと分かった。それがおかしくておかしくて、オレはさっきみたいに大声で笑ってしまった。はそんなオレを見て嫌悪感を露にする。血塗れのオレ、女、赤いオレの半身、赤い広間。いったい何の喜劇なんだろう。



「邪魔だったから」
「、え?」
「邪魔だったからだよ」



「おんなじ人間なんかこの世に二人もいらない」
「ただ数秒はやく産まれただけなくせに、」
「オレとまったくおんなじなくせに、」
を好きになりやがって」
が好きになりやがって」
の婚約者なんかになりやがって」




どんどん面白いぐらいに言葉が出てくる。溢れてくる。止まらない。とまらない。はさっきまでの殺気とは違って、恐怖の色を顔に出していた。異形のものを見る目だった。笑いながら一歩近づくと、彼女は今にも狼に食い殺されそうな少女のように後退った。



「気づくのが遅いんだよ。オレが危険なことくらい最初から分かっていたことだろう?なんでさっきの時点で逃げ出さなかったんだ?なんで叫び声を出さなかった?、お前はもう認めていたんだ。お前がオレのものになるということを。あいつが死んで、オレが第一継承者になって、お前が好きだった王子となって、お前と結婚するんだ。これはもう決定事項だ。覆せない。お前にもあいつにも誰にも」


は恐怖に支配されているようで、叫び声一つ上げずに、いや上げれずにただオレの目を離さず怯えていた。逃げ出そうにも逃げれないんだろう。狼に背を向けた少女の未来なんて目に見えて分かる。そんなに微笑んでやると、は肩をビクッと震わした。


「なぁ、。オレが怖い?憎たらしい?愛する――を殺したオレが憎い?」
「でもな、お前はオレから逃げれないんだよ」



血の池に佇んでいたティアラを拾い、頭の上に乗せた。血で濡れてたせいで髪に滲み、頬を伝った。王家の証。王子の証。双子の、血の分けた兄の遺品。でもそれも全て今ではオレのものだ。あいつはもういない。狩人は狼が食い殺した。もうお前を救えるものは誰一人としていない。




、お前はオレのものだ」









ヘラの狂気




070226 riyu kousaka